今回は前半と後半で違う人物の視点になっています。
エルシモ・アルシ・ボルティモさん視点
その瞬間、俺は何が起こったのか解らず、一瞬呆けてしまった。
なぜなら、ついさっきまで河原の石に座っておれと話をしていたルディーン君がいきなり立ち上がると、
「大変だ! 僕、助けに行ってくる」
なんて言いながら、森に向かって走り出したのだから。
しかし俺のような経験の浅い冒険者と違って、リーダーであるバリアンさんの行動と決断は驚くほど早かった。
「何をしてるんだ、エルシモ。早くルディーン君を追え! 俺たちの装備では、追いつくどころか見失いかねん」
「えっ? あっ! はい、解りました!」
バリアンさんの指示により、俺はすぐさま立ち上がるとルディーン君の向かった方向へと走り出した。
そう、走りだしたんだけど……。
「速っ。もうあんなところに」
確かに俺は、あまりに突然な事態に直面して呆けてはいたよ?
でもそれは本当に少しの間だけだったはずなんだ。
なのに森の木々の間から見えるルディーン君の背中は思った以上に小さくて、慌てて全力で走りだしたと言うのに一向に近くなる気配がない。
「まさか。俺とルディーン君ではかなりの対格差があるんだぞ!」
いくら森の中で小回りが利く方が有利とは言え、そこは大人と子供だ。
足の長さが圧倒的に違うのだから、本来ならばまだ幼いルディーン君より俺の方が早くて当然なはずだよな?
それに生えている木々の落とす影のせいであまり背が高くないとはいえ、足元の草は皆俺の膝辺りまである。
という事はだ、ルディーン君にとっては太もも辺りまであるという事なのに、彼はまるで草原を走るがごとく駆け抜けているのだからたまらない。
「せめて、せめて追いつけないまでも見失わないようにしないと」
そんな彼の背中を、俺はただひたすら必死に追いかけるのだった。
■
ある冒険者の視点。
まだ村から出て来たばかりの頃、イーノックカウの冒険者ギルドにいるエルフの受付嬢に言われたことを私は思い出していた。
「森の中にはね、ゴブリンやコボルトのような亜人が潜んでいることがあるの。だから足元の装備には、お金を惜しんではダメよ。奴らは草むらから、足元を狙ってくるからね」
でもその時私たちは、食べるのにも困って村から出てきたのだからそんなお金、ある訳がないじゃないと思っていたのよね。
「今なら足の装備をそろえるくらい訳ないのに! あの忠告を、なんで私たちは忘れてたのよ!」
先日まで出没していたポイズンフロッグたちが、近くにある村の冒険者の手によって退治されたらしい。
その情報はイーノックカウの冒険者たちを歓喜させた。
それはそうよね、だってそのおかげで、毒を恐れることなくまた森の奥まで狩りに行けるようになるのだから。
当然それは私たちも同じで、安全になったと喜び、この頃は今までより少し森の奥まで分け入って狩りをしていたわ。
そしてしばらく冒険者が足を踏み入れなかった森には獲物がたくさんいて、ここ数日はいつもより多く稼げていたのよ。
だから、私たちはちょっと浮かれていたのだと思う。
そうじゃないのなら、私たちはただの間抜けだったという事なのだろう。
「ニコラ、あなただけでも逃げて」
「そんな事、できるはずないでしょ!」
私の後ろではパーティーメンバーであるユリアナとアマリアが私一人で逃げなさいと叫びながら、立ち上がる事の出来ない体で必死に剣をふるいながら周りにいるゴブリンたちをけん制している。
そう、後ろの二人は立ち上がる事ができないのよ。
なぜならユリアナは右の、そしてアマリアは左の足首を切り落とされてしまっているのだから。
私たち3人は森の中を歩く時はいつも、リーダーであり他の二人より半年くらいではあるが冒険者歴の長い私が先頭を歩き、他の二人が並んでその後ろを歩くと言うフォーメーションを取っている。
これはもし魔物に奇襲を受けた時、前からなら後ろの二人が助けに入るまで何とか持ちこたえることができるけど、後ろから来た場合はそれがなかなかむつかしい。
だから安全を考えて後ろに二人を配置していたのだけど、今日はそれが仇になってしまったの。
大型の獣や魔物を警戒するあまり足元の草むらにまで注意を向けていなかった私たちは、うかつにもそこに潜んでいるゴブリンたちに気が付かなかった。
そしてその失敗は、私たちにとって致命的なミスとなる。
なぜなら、潜んでいるゴブリンたちに私たちが気付いたのは、後ろを歩いていた二人の足首を切り裂かれたからなのだから。
もしもの時の為にと持っていたポーションを二人に振りかけたおかげで、斬られた足からの出血は無い。
でも傷がふさがっても、斬り飛ばされた足首が生えてくるわけではないのよ。
だから今この場で、まともに戦えるのは私一人しかいないのだ。
「このままだと、3人とも共倒れになってしまうわ」
「そうよ。ポーションのおかげで傷はふさがってるし、私たちはここで何とか耐えているから、ニコラは逃げて助けを呼んできて!」
二人が後ろでそう叫んでいるけど、そんな事ができるはずないじゃない。
だって二人は立ち上がる事も出来ないのよ。
今は私がいるおかげでゴブリンたちを何とか抑える事が出来ているけど、もしいなくなれば周りから一斉に飛び掛かられて抵抗する事も出来ずに取り押さえられてしまうだろう。
もしそんな事になったら……。
「私が逃げたらどうなるかなんて、あなたたちも解ってるでしょ!」
「そうだけど、でもこのままじゃ」
「お願いだから、あなただけでも逃げて」
二人の声が、少しずつ涙ぐんだものに変わっていく。
きっと自分たちはもう助からないと思っているんだろうね。
でも、だからこそこの二人を置いて逃げるなんて、私にはできないのよ。
「そんな事を考えている暇があったら、周りのゴブリンが襲い掛かってこないようにけん制して。この森には多くの冒険者が入っているのだから、粘れば粘るほど誰かが気付いて助けに来てくれる可能性が増えるわ」
そう叫びながら、私は目の前にいるゴブリンに向かって剣を振り下ろした。
でも、その一撃は簡単に躱されてしまったわ。
それはそうよね。
だって私はこの一から動く訳にはいかないのだから、ゴブリンからすればほんの少し後ろに下がるだけで剣がとどかなくなってしまうのだから。
これが狼のような獣だったら、こちらに飛び込んでくれるので何とかなったかもしれない。
けど亜人であるゴブリンたちは、獣と違って狡猾だ。
だからさっきから何度も私たちの間合いに入って攻撃する振りをしては、すぐに下がると言う行為を繰り返している。
そうする事で、私たちが疲れ果てるのを待っているんだ。
「私たちよりも圧倒的に数が多いって言うのに、なんていやらしい連中なの」
それが解っていても、私たちは剣をふるうしかない。
だってもしそれをやめてしまったら、あっと言う間に周りにいるゴブリンたちの数の暴力に飲み込まれてしまうのだから。
でもそんな私たちの抵抗も、そろそろ終わりの時が近づいてきたようだ。
「もう無理よ、ニコラ。あなただけでも!」
「ははっ、それは無理ね。私の体力ももうすぐ底を突きそうだし、今逃げてもすぐに追いつかれてしまうわ」
いつも使っているはずの剣が重く感じ、ふるう速度がだんだん落ちてきている。
それに心臓も、いつ破裂してもおかしくないんじゃないかと思えるほど激しく打っているもの。
私にも逃げられる体力なんて、もう残っていないのよね。
「ごめんね。私がもっとしっかりしていたら、草むらに潜んでいるゴブリンを見逃すなんて事もなかったはずなのに」
「それは私たちだって、同じでしょ」
「そうよ。ニコラが私たちより先輩の冒険者だって言っても、それはたった半年だけじゃないの」
周りにいるゴブリンたちから目を話す事ができないから、お互いの顔を見る事はできない。
でもきっと、私だけじゃなくほかの二人も笑っているはずよね。
「ごめん。守り抜くことができなかった。でもただの一匹も倒さずに、終われないわよね」
「ええ、そうね」
「私たちの事は気にせずに、思う存分やってちょうだい」
私の意図に気付いた二人は、明るい声で暴れて来てと言ってくれた。
だから私は手に持った剣をもう一度強く握りなおすと、先ほどから決して動かなかった場所から一歩踏み出したのよ。
もう助からないのならば、一人でゴブリンの群れに斬り込んで一匹でも多く道ずれにしてやろうと。
ところが。
「グギャァァァァ」
周りを囲んでいたゴブリンたちの内、私から見て左側にいた3匹の頭が光の球のようなものによって撃ち抜かれてはじけ飛んだの。
「いっ、いったい何が起こったの?」
あまりに突然の事態に、私たちだけでなく周りを囲んでいたゴブリンたちまで、呆けたような顔をしながら光の球が飛んできた方に目を向けたわ。
するとそこには、この森の中にいるはずのない者の姿があった。
「えっ、何で? 何でこんなところに、あんな小さな子が?」
信じられない事に、そこにいたのはこちらに向かって突き出すように広げた手のひらを構えた、とても小さな男の子だったのよ。
久しぶりのシリアス回でした。
まぁ例のごとくシリアスなのは今回だけで、次回からはまたほのぼのに戻ってしまうのですけどね。
いや、ほんの少しだけシリアスな部分も残るかな? なにせゴブリンたちをやっつけないといけませんから。
でもなぁ、ルディーン君の事だからパパッとやっつけちゃうかも?
だって弱っちい魔物が相手ですからねw